事件の気配
アポロはすぐに見つかった。人とひとのあいだを何とかすりぬけて、ちいさな肩をつかむ。
「あぶないじゃないか!もしももめ事に巻き込まれたらどうするの!」
思わず声が大きくなる。
店内はひどく荒れていた。店の中央ではなにやら言い争いがおこっている。
――事件?犯人が、このなかにいるかもしれない......?
キャンディ屋さんで聞いた、人殺しの件だろうか。この店のエンブレムが殺人の現場にあった、ということらしい。
僕は必死に知っていることを頭のなかで組み立てようとした。すこしずつ、なにかが姿をあらわそうとしている。でも、まだピースが足りない。
※ ※ ※
>「こんなところで同じ店の方とお会いできるとは思いませんでした。
プリアーシェといいます。仕事の話で来たのですが、ひどい有様ですね」
そこに、とても冷静な声がかかった。すっと頭の芯がおちつくみたいな声。振りむいたら、琥珀色の髪をした女のひとが立っていた。まとう空気がとてもきれいだ。
「あ...、こんにちは」
『同じ店』という言葉にいっしゅんぽかんとするけど、左胸につけているエンブレムのことを思い出した。このひとも、手羽先亭の冒険者......?
「あ、ええと、フィン・ティモシーといいます。えと、お察しのとおり、僕も【火竜の手羽先亭】所属の冒険者です。コンチェルティアには観光で来たんですけど......」
僕は、広場でアポロとネスさんに出会ったこと、今夜の宿をもとめてここまで来たことを簡単に彼女に話した。
「この子は、コンチェルティアに住んでいる地元の子です。街の案内をしてくれています」
ほら、アポロごあいさつ、と言って背中をとんとんたたく。
>「では、私はこちらの御主人とお話がありますので。
よろしければ、また後程」
プリアーシェさんはそう言うと、カウンターへと歩みよっていった。
「......プ・リ・アー・シェ、プリ、アー、シェ、...さん」
思わず口のなかで彼女の名前をくりかえす。音節ごとにくぎって発音してみた。僕がいままで見聞きしてきたどの言語の人名ともちがう、ふしぎな響きだった。
それにしても、手羽先亭の冒険者がコンチェルティアに仕事...って、いったいなんだろう。コンチェルティアにだって、冒険者はたくさんいるのに......。
一様にいらだつこの街の冒険者たちの様子とあいまって、僕は不安な気持ちになった。そういえば、さっきアポロがなにか言いかけていたっけ。
「ねえアポロ、さっき言ってた、『この前ここであったこと』って何?何があったの?」
>「あんたたち、いい加減にしなさいな。
これ以上暴れるなら店の外――いや、街の外でやりなさい」> 「私はあんたたちに大喧嘩させるために店番を頼んだわけじゃないのよ」
この店のおかみさんとおぼしき「アンネさん」が「グラディウス」と「リオン」にしずかな、でも反論をゆるさない口調で言う。場がだんだんおさまるのを感じながら、僕はアポロに問いかけた。
※ ※ ※
>「なんつーか、つまんなかったな。
こんなところはもういいからさっさと行こーぜ!」
とたんに、ぎゅ、と頭の皮がひっぱられる感覚がした。
>「3番街にさー、うまいお菓子を売ってる店があんだよ。
そっち行こうぜ、そっち!」
「いたたたた、痛い痛いアポロ!」
>「うーん...ついて行きたいのはやまやまだけど、今夜の宿を
取らないといけないからねぇ」
じたばたする僕の耳からアポロの手をやさしくはがしつつ、ネスさんがおだやかに言う。
「あ、ありがとうございます、ネスさん。...アポロ、僕のこれは耳だからね、きみだって耳をひっぱられたら痛いでしょ。そんなこと、しちゃダメだよ」
わかった?ってアポロにもう一度言って、耳のつけねをさすった。けっこう痛かった......。
>「さぁ、これはプレゼント選びの練習だ
アポロが考えるとびっきりのお土産を頼むよ?」
ようすを見ていたネスさんが、アポロに銀貨をわたす。なんていうか、すごく大人だ。『危ないと感じたらすぐに戻ってきなさい』と僕にささやき、
>「宿はここに決めてしまおうと思うのだけれど いいかな?」
と問いかけた彼に、僕はうなずいた。
「はい。それじゃ僕は、アポロといっしょにお菓子屋さんまで行ってきますね」
だけど、3番街か...。ここ3番街には殺気立った冒険者がたくさんいる。殺人事件もおきてるし......。右手首の銀の腕輪をおもわずたしかめた。
「あの、ネスさん...。この子、ポチ...ふつうの鳥じゃないんです。僕、真語魔術師で、この子は僕の使い魔で。簡単な命令なら、はなれていても果たせるんです」
僕はポチを友達だと思っているから、「命令」っていう言葉をつかうのはちょっとひっかかったんだけど、そこにこだわってたら話が進まない。
思いついたとおり、持っている羊皮紙を手近なテーブルに広げて、交易共通語をおぼえるときに使う文字表を書いた。アポロが飽きる前に、早くしなきゃ。
「ポチをネスさんに預けていきます。万一何かあったら、ポチを通じてネスさんにお知らせしますから」
さっきみたいに飛びだしていかないように、アポロの右手を左手でがっしりつかむ。
「行ってきますね!...だいじょうぶ、ちょっとしたおまじないだから。じゃ、行こうか」
ネスさんとアポロにそう笑いかけると、戸口へ向かって歩きだした。
※ ※ ※
「お菓子屋さんって、ここから近いの?」
街の雰囲気はぴりぴりしていて、おちつかない。耳がひくひくする。
「......『人を襲う事件』が起こってる、ってさ、僕、コンチェルティアについたばっかりなのに、街のひとから聞いたんだ。アポロ、お家のひとから何か聞いてる?子どもだけで出歩いちゃいけないとか、どこかに近づいちゃいけないとか、言われてない?」
この話はあんまりアポロとしたくなかった。でも、なにもわからない状態ではこの子を守ることもできない。いくらこまっしゃくれてても、生意気でも、まだちいさなこの子を守れるのは、今、僕しかいないんだ。
あたたかい手をにぎる左手におもわず力がはいる。
僕たちは話をしながら街並みにそって歩く。かなりがんばって、気になっていたことを会話にすべりこませたりしながら。
「アポロのお家はどのへん?5番街かな?」
一般の住宅街は5番街だって聞いてる。そういえば、たったひとりだけ「秘密基地」を共有してるっていう「アイリ」は、となりの家の子だって、言ってたっけ。
「いつもおすましのアイリって、アポロよりもお姉さんなの?」
あんまりあれこれ聞くと、アポロを意味なく不安がらせるかもしれない。
はっきり言わなきゃいけないことは言わなきゃいけない、でも、いつでも誰にでも、何を言ってもいいとも思えない。
僕はアポロのようす見ながら慎重に言葉をえらんだ。
「ねぇ、さっき言ってた『大人にみつからない場所』に、僕も行ってみたいな。いいな、そういう『秘密基地』みたいなの。かっこいいな。アポロとアイリだけが知ってるんだよね?」
もしも危ないことをしてるようなら、それとなく止めて、せめて今日はもう家にかえそう。
僕は3番街を行きかう人たちの表情をながめながら、アポロの話に耳をかたむけた。
――PLより―――
フィンは【七色の調べ亭】での情報収集をネスさんとプリアーシェさんにおまかせし、アポロと同じ3番街のお菓子屋さんへと向かいます。
道すがら、
「アポロの家はどこか(どのような家庭か推測します)」
「アイリはアポロと同じ年ごろの女の子か、それとも年長者か」
「『秘密基地』はどこにあるのか、連れていってもらえるか」
を意図した質問をします。
危険と判断したら、ポチと視界共有をして文字表を指し、ネスさんにお知らせします。
(引用記号を追記しました)
【判定結果】
見識判定 アンネさん 2d6+8 <Dice:2D6[5,1]+8=14>
彼女のようす、人となりなどが感じ取れれば