【C1-3】桃花の歌姫
左に行くか。
右に行くか。
左には穢れがあり。
右には何もない可能性もある。
それぞれに意見を交わし。
そして冒険者たちが最終的に決めて行き先は――左だった。
「うん、わかったよ......僕もこの歌が気になっていたから嬉しいな」
オレットもどちらかというと左に行きたいと思っていたようだ。
ヴェンデルベルトがタタラに折ってもらった枝を手にし、彼らは深きへ向かっていく。
左手に向かっていくと歌声だけでなく、水の音が聞こえてくる。
水面が風に撫でられて発する爽やかなリズム。
――なんとなく体に感じる風も少し涼しげだ。
* * *
あれから少し歩いただろうか。
冒険者たちはついに歌声の発生源に遭遇する。
それは淡い桃色の長い髪がまるで花弁のような非常に美しい乙女であった。
その手には緑色のハープ。
この世界と同様水晶を加工して作られたもののようだ。
エメラルドグリーンの泉をぼんやりと眺めながら、
どこか聞き覚えのある歌を歌い続けていた彼女は冒険者らの来訪に気づき。
樹に背中を預けながらゆっくりと振り向いた。
歌が止み――風の音だけが聞こえている。
「あら、珍しい。
この森に人が訪ねてきたのはいつ以来かしら?」
少し驚いて見開かれた瞳は空のように澄み渡り。
言葉を投げかけた唇は薔薇のように艶やかだった。
彼女のような存在を人は絶世の美女とでも呼ぶのだろうか。
少なくともルキスラで出会う者たちと比べても抜きん出た美貌であることは間違いない。
頭の右側に付けられた白い大きな花飾りもチャーミングである。
「もしかして外の森で歌を歌っていたのは貴方たち?
なかなか上手だったから、ついつい聞き惚れていたわ。
聞いてたら私もだんだん歌いたくなって――ここでこうして歌を歌っていたの」
どうやら彼女はオレットの歌声を聞いていたらしい。
そして、彼女もまた自らの歌を歌ったからこそ、この世界への道標ができたのだろうか。
だとすれば、タタラの考えた作戦は非常に有効であったと言えるかもしれない。
「歌っていたのは僕です。
僕の歌を褒めてくださり、ありがとうございます。
あなたもとても歌がお上手ですよ、僕の方こそ聞き惚れてしまいそうだ」
やはり自分の歌を褒めてもらうことができて上機嫌なのであろうか。
オレットはどことなく嬉しそうである。
――目の前の彼女が美人だというのも多少はあるのかもしれない。
「まあ、私が作った歌だもの......上手くて当然よ。
逆に上手に歌いこなせなければ恥だわ」
彼女の歌は自分が作った歌だという。
オレットはその言葉を聞いてぽかんと目を丸くする。
「自分が作った......?
あなたは、いったい――?」
オレットがそんな表情になるのは当然だ。
今までずっと聞こえていたのは魔法文明時代に作られたと言われる歌。
現代から遥か遥か昔の時代の産物であるのだ。
「ええ、そうよ。
私――リナリア・アーツが作った歌」
彼女が明かした名。
リナリア・アーツとは。
「まさか、本当に......?」
リナリア・アーツとは現在にはその活躍が伝承としてのみ伝えられている――伝説の歌姫である。
当時彼女の歌声は風に運ばれるかのように世界中で愛され、彼女の名を知らぬものは誰ひとりいなかったという。
主な活動拠点であったと言われるザルツ地方にはリナリアが作ったと言われる歌が残っており、
今でも数多くの人に親しまれ、口ずさまれているという。
そんな時代の違う人物が今目の前にいるというのだ。
「そう、縁あってこのテンペストの世界に置いてもらっているの。
もうずっと長い間。
指はもちろん、口ですら数えられないくらい長くね」
――テンペスト。
その名を持つこの世界の維持者。
それこそが、今回の冒険者たちのゴール。
オレットが出会いたいと願っていた妖精なのだろうか。
「彼女なら、この森の奥にちゃんといるから。
きっと退屈してるから持って行ってあげたら喜ぶと思うわ――美しいものをね。
ただ、逆に醜いもの、汚いもの、穢れたものに対しては不機嫌になるの。
例えば――あなたのような」
リナリアが指差した先にいたのは、タタラだ。
彼女の生まれによる穢れのことを言っているのであろう。
だが、だとするとおかしなところがひとつだけある。
冒険者たちは気がつくかもしれない。
目の前にいる美しい乙女リナリア。
彼女もまたタタラと同様、穢れを帯びたナイトメアであるのだから。
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あんみつ@GMより
左手に進んだ先はこうなっておりました。
【リナリア・アーツ】を『演者の一覧』に登録しておきます。
リナリアについて見識判定が可能です。
成功すれば魔法文明時代に一世を風靡した歌姫の名だとわかります。
リナリアについて真偽判定が可能です。目標値は14です。
成功すれば、リナリアがナイトメアであることがわかります。
今回は完全におしゃべりシーンです(*´∀`*)
お好きにどうぞ!