そこにいるのは...
人ごみをどうにかくぐりぬけて、その腕をつかんだ。
>「わわ、なんだよ急に!
......てか、大丈夫かよ、フィン」
アポロだ...。よかった......。
アポロは目をまんまるにしてびっくりしている。僕は呼吸がととのうまでまともなことをしゃべることができなかった。
それでも、さっきのできごとがなんだったのかって聞いた僕に、アポロはきょとんとしたようすでこう言ったんだ。
>「何言ってんだよ、フィン。
さっきのはフィンが教えてくれたんだろ?
危なかったよなー、超ビビったぜ」
「えっ......」
―――覚えていないの...?
そう問いかけそうになってぎりぎりで踏みとどまる。あのとき、真紅にそまったアポロの瞳...。
ただ事じゃない。
僕は自分の勘を信じることにした。
>「それよりさー、おれ薬買わなきゃ怒られちゃうんだよ。
だから、離してくれって、な!」
アポロは僕がつかんだ手をぶんぶん振りまわした。
そうは言われても、はなさない。
僕は広場のほうへアポロをひっぱりながら、考えた。
そういえば、広場でぶつかったときも先に声をあげたのは僕じゃなくてアポロだった。
アポロには、どういうわけか「これから起こること」を予測する才能があるみたいだ。
そして、本人はそのことに気づいていない......。
家のひとも、アポロ本人に話していない...のか、気づいていない...のか......。気づいていないってことはないような気がするけれど......。
アポロに、さっきの彼自身のようすをくわしく説明するのを僕はためらった。なにも聞かされていないことに理由があるんじゃないかって思えたから。
いま、コンチェルティアはいつもになく物騒だと聞いた。連続殺人だって、おさまってこそいるけれど犯人はまだつかまっていない。
この子を無事に家へ送り届けよう。そのためには、まずネスさんとポチに会わなきゃ。
「アポロ、薬屋さんって何番街?お家のひと、だれか風邪ひいてるの?」
あせる気持ちをおしころして、なんでもなさそうに言ってみる。
「薬屋さんには、あとでいっしょに行こうね。僕、コンチェルティアの薬屋さんを見てみたいな。アポロだって、ネスさんにビスケット渡すんでしょう?だから、いちど広場で待ち合わせてから、3人でいっしょに行こうよ」
そこでちょっと息をすう。
「それから、アポロをお家までちゃんと送っていくから」
アポロのほっぺたには、さっきかじったチョコレートがついていた。ちょっと歩みをとめて、つないでいるのと反対の手でまるいほっぺたをごしごしこする。
「ふふ、ほっぺたにチョコレートついてる」
そんなやりとりをしながら、僕たちはふたたび【奏での広場】に足をふみ入れた。
ぐるっとまわりを見回す。ネスさん、ポチ......。来てるかな。
僕がなんとなく抱いている不安がアポロに伝わらないように気をつける。
「ちょっと、ベンチで待とうか」
そうアポロに言って、広場の片すみのベンチを見た。もう座ってるひとがいる。あと、寝てる...ひと。なんだろうこの光景。
ベンチに座ったひとは、くわえ煙草で荷物らしきものをがさごそあさっていて......。派手なロングブーツといい、足を開いた座りかたといい、なんていうかこう......。
こわい。
僕はいまの光景が目に入らなかったことにして、別のベンチをさがそうとした。けど、ふとひっかかる。
アポロの手をにぎりなおして、そのベンチにちょっと近寄ってみた。
ベンチに寝そべっているひとからものすごいいびきが聞こえてくる。そしてその隣で気にした風もなく、僕たち冒険者もよく使う背負い袋に手をつっこんでいるのは......。
「く、クーガさん......?」
間違えようがない。短い黒髪に赤い石の首かざり、煙草の煙をすかして見えるめずらしい銀色の瞳。
ルキスラの冒険者、クーガさんだった。
なんでクーガさんが、ここに......?
っていうのも、へんなんだけど。僕だって、ルキスラから(温泉の帰り道に、だけど)コンチェルティアに来てるんだもの。クーガさんも旅行なのかも。
そこまで考えたとき、【七色の調べ亭】で出会った【火竜の手羽先亭】所属だという彼女の顔が思いうかんだ。たしか...プリアーシェ、さん。
コンチェルティアで、どうしてルキスラの冒険者が動いているんだろう?
おなじ疑問がまたうかぶ。うかぶと同時に問いかけていた。
「クーガさん、こんにちは......。あの、えっと。どうか、したんですか?あ、どうか、っていうのはその、コンチェルティアで、仕事ですか?何かあったんですか?」
仕事、と口に出してから思わず、「どっちの仕事だろう」なんてべつの疑問が頭をもたげるけど、きっと冒険者の仕事だろう。そこはきっとだいじょうぶ。
「僕はユーレリアまで行った帰りに、コンチェルティアに寄ってみたんです。いろいろ見てまわろうと思って...。あ、この子はアポロっていいます。地元の子です」
それから、さっきアポロが見せたふしぎな力のことを話そうかと思ったんだけど、アポロ本人にも聞かせるのはためらわれる。
だけど、僕としてはできればぜひクーガさんの意見を聞きたい。
なやむ僕の目に、クーガさんのベルトにつけられたアルケミーキットがうつった。そうだ。
「クーガさん、この子......、すごくふしぎな才能があるみたいで。『これから起こること』を見とおす力があるんじゃないかって思うんです。本人気づいてないみたいなんですけど」
そう、魔動機文明語で言った。
つないだ手をちょっと引きよせて、それからはたと思いいたる。
くり返すけど、クーガさんの目つきとか、見た目はちょっと......こわい。
「あ、あああの、アポロ、あのね?こっ...このお兄さん、こわくないから!見たかんじはその、ちょっと...だけ、ちょっとだけね?ちょっとだけこわいけど、す、すごく優しくていいひとだから!」
僕はあわてる。いろんなことを口走りながら、アポロのようすをうかがった。
「......クーガさんは、僕の冒険者仲間なんだ。信頼できるひとだよ」
それだけははっきり言える。そうアポロに言って、クーガさんを見て、それからもういちどアポロを見た。
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PL(雪虫)より
フィンの次の行動は【広場へ向かう】です。
アポロの手ははなしません。薬屋さんには必要とあればあとでいっしょに行きます。
まずはクーガさんと合流です。合流できてよかった......。
コンチェルティア内部メンバーは全員魔動機文明語が話せることに気づきました。
密談がしやすいアドバンテージ、に、なるかな......?