走れ!
どうして外へ出てもいいと言われたのか聞いた僕に、アポロはかじったチョコレートをのみ込んでから、なんでもなさそうにこう言った。
>「だって、最後の事件が終わってからもう一週間だぜ?
みんな終わったなーて思ってんだ。
外歩いても全然話とか聞かないしさ」
「そう...。そう、なんだ......」
僕はちょっとだけ考えこむ。
一週間、か。
一週間あいだがあいたことで「もう終わった」って思われるくらい、立て続けに人殺しはおきた、のだろう。
ということは、きっと、なにかの計画の途中でじゃまになった人を順に消していったんじゃない。もう、消してしまいたい人はあらかじめ選ばれていたんだ。
そして、一週間前に、殺人者は選びだされた被害者を「すべて殺し終わった」。
達成されたリストを見ながら満足げな殺人者をおもいうかべて、すこしぞくっとした。
「アポロ、外で遊ぶ時はほんとに気をつけてね?」
僕はアポロにそっとほほえみかけた。
※ ※ ※
>「うまかったー!」
アポロはネスさんへのおみやげを片手にもち、それをぶんぶん振りまわしてごきげんだ。
「うん、僕が食べたのもすごくおいしかった!」
僕も手をつないだまま、にっこりした。
ポチをつうじてネスさんから伝えられたように、僕たちは【奏での広場】をめざしていた。
通りを歩くひとたちの表情はあかるい。もしかしたら、ほんとうに殺人事件なんて終わってしまったのかもしれない。
きっと僕の心配のしすぎなんだ。弟みたいな、アポロの手をにぎって笑う。
この子を家に送ったら、僕もコンチェルティアを楽しもう。どこに行こうかな。1番街の古い神殿、そのあと4番街の劇場かな。
夜にはどこでごはんを食べよう。ネスさんもいっしょに来るだろうか。
おだやかな街を、アポロと歩く。
ちょうど大きな階段を左手に見ながら、通りをよこぎったときだった。
アポロがびくっと体をゆらし、ふり向いた。
>「フィン!
――そこにいたら危ないよ」
ふり向いたアポロの瞳は、真っ赤だった。
「えっ?」
その瞬間、なにかがぴん、と背すじを走った。
>「あっ」
だれかの声に続いて、階段のうえから重そうなかばんが大きく跳ねながらこちらへ落ちてくる。
それに気づいたときは、僕の足は勝手に二歩、そこから飛びすさっていた。
一瞬前まで僕がいた地面にかばんは落ちた。留め金がはじけて、中から羊皮紙が舞いあがった。
ひらひらと風に舞う何枚もの羊皮紙のなかで、僕は呆然とした。
今のは―――なに?
>「大丈夫でしたか?」
黒髪の女のひとが、階段をかけおりてきた。
>「おい、フィン大丈夫か?」
「う、うん。はい、だいじょうぶ...です...」
アポロの、茶色い瞳を見ながらぼんやりと返事をする。
今、たしかにアポロは、僕より先に――。
>「なぁ、怪我とかしてないか?
薬とかいるか?
ん、薬?――あああああ!やっべー」
きゅうに耳元で大声をだされて、僕は現実にもどった。
>「風邪用の薬買って来いって言われてたの忘れてたぜ!
やべー......このままじゃ怒られんじゃん!
ごめん、フィンおれ買ってから帰る!」>「あ、おれんち5番街の広場の近くな!
青い屋根のうちで、隣のオレンジっぽいのがアイリの家だぞ!
じゃ、ちゃちゃっと買ってくるぜ!」
そう言うなり走り出したアポロの背中があっという間に人波にきえる。
「―――え?ちょっ、アポロ!?ぶっ...」
なにかが僕の顔におおいかぶさってきた。羊皮紙だ。顔からはがしてみると、五線譜が書いてある。
さっきの女のひとが、おろおろしたようすで一枚ずつ楽譜をひろっていた。
ああ、どうしよう。......でも。
「あ、あの、ごめんなさい!」
女のひとの手元に楽譜を押しつけて、叫ぶ。
「どなたか!この方を手伝ってください!おねがいします!」
そしてかけ出した。
「アポロ!」
さっきのは、何だ。
アポロの茶色い瞳にひらめいた真っ赤な色。
3番街の街並みを歩くひと達の足元を必死になってかいくぐる。
「アポロ!待ってアポロ!」
わからない。でも、予感がするんだ。あの子をこのまま行かせちゃいけない。
「アポロっ!アポロ!」
まわりのひとが驚いてふり向いたり、飛びのいたりしてる。だれかが取り落とした買い物袋から、果物が石畳をころがる。
「すみません!」
何度もひとの足にぶつかりながら、あやまりながら、僕は全力で走った。
人波の向こうに、日の光をうけてかがやく銀色が見えた。
「アポロ...!」
ぶつかるようにして、その腕にとびつく。
「......げほっ......はっ...、はぁっ......」
僕はふるえる手でアポロの手をつかんだ。そのまま、ひざに反対の手をついて呼吸をととのえようとする。胸が、肺がいたい。
「アポロ......。さっきのなに......」
かすれる声で問いかける。
「アポロの目......なに......。どうして、わかったの......あぶない、こと......」
荒い呼吸のあいだで、ほとんどつぶやくように問いをかさねる。ああ、これじゃだめだ。もっとちゃんと話さないと......。
けほっけほっ、と咳がでる。痛む胸にゆっくり空気をおくってから、アポロの顔をみた。
「アポロ...。さっき...君、あぶない、って教えてくれたよね。僕が、気づくよりも先に」
アポロの茶色い、くりっとした目を見つめた。
「僕、タビットだから、わかるんだ。危険なことがせまってるときとか、ふしぎと。でも......」
はぁ、と息をつく。ようやく呼吸が楽になってきた。
「君は、僕が危険に気づくより前に、それを教えてくれた。どうして、わかったの...?」
人間族の持つ感覚では、ふつうはありえないはずだ。いったい何がおこったんだろう。
そして、アポロの瞳におきた変化はなんだったんだろう。
なんとも言えない、嫌な予感がする。
―――はやく、ネスさんとポチに会わなきゃ。
僕はもういちどアポロの手をつかみなおした。そしてほとんどひきずるようにして歩く。
はやく、はやく【奏での広場】へ。それだけを考えて。
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PL(雪虫)より
急展開に動揺しています。
楽譜のお姉さんは気の毒ですが、アポロがほんものの「予言者」である可能性がでてきた以上、彼をひとりにするわけにはいきません。タビットでさらにとろいうえにソーサラーのフィンですが、全力で走ります。
ここからはネスさん、クーガさん、プリアーシェさんとの合流をめざします。
最初に会えるのは広場にいるはずのクーガさんの予定ですが......。
【判定結果】
雪虫@フィン ≫ アポロの目の異変を察知 目標値15 2d6+5+4 <Dice:2D6[3,3]+5+4=15>