美しいもの
先ほど、やや怒ったような声色で、オレット氏に歌でも歌えと言ったティキに、少し嬉しくなる。
きっと彼女は私と同じ気分だったのだろうから。
「有難うございます、オレットさん」
事情を話してくれた礼を言って、テンペストへと歩み寄る。
美しいものが好きなのに、それに飽きてしまった風の精霊。
「では、私から一つ、お話を。
美しいものをご所望と伺いました。ですので、私が美しいと思ったものの話をします」
まずは一つ、この世界に入る前に採取した桃色の花を取り出して、見せる。
「森に咲いていました。美しい花ですね」
そして二つ目、この世界の翡翠でできたような草花も。
「妖精界でしか見られない植物のありさまは、大変に美しいと、私はそう思います」
そして、丁寧に仕舞いこんで。
「けれど、テンペスト。貴方はこんな美しさには飽きてしまったのでしょう。
どうして、飽きたのか。貴方はそれを考えたことがありますか。
きっと、沢山の美しいものを見てきたのでしょう。長い時間をかけて。
飽きる、と言うのは『変化を感じられない』と言う事と同じです。
先ほどの花も、この世界の植物も、確かに美しいですか、それだけです。
『美しい』と言う事には全くの変化がない。いくら美に優れていようが、それでは飽きるのは当たり前なのです。
飽きずに『美しさ』を楽しみたいのならば、その逆も見なければ」
「つまりは、平凡さ、醜さ、そう言うものが生み出す、奇跡のような『美しさ』を感じられるならば、そこには変化があり、特異性があり、飽きるほど享受すると言いう事は逆に不可能なのです」
シュルリ、と衣擦れの音を立てて、首元のスカーフを引き抜く。
「これはスカーフです。そう対して高価なものではありません。一見どこにでもある、全く平凡なスカーフです。
ですが見えますか、このエンブレムが。
これは私が所属する【探求者《Seekers》】のエンブレムです。
そこにいるティキが考えてくれました。1本の槍は貫き通す意思を。3匹の鳥はそれぞれ武、知、遊を表し、翼を羽ばたかせどこまでも飛んでいけるよう、そんな意志を表している。
このエンブレムが施されたスカーフを身に着けることで、私は自分の意志をいつでも再確認できる。そういうアイテムなのです」
風は止んでいる。はためかない分、エンブレムはきちんと見えることだろう。
紋章をひと撫でして、元通りに首に巻く。やはり、この格好でいるときにネッカチーフかなければ締まらない。
「ティキの槍を見て貰えますか。少し不思議な形をしていますね。
あれも、価値で言えばそう大したことはありません。けれど、あの『赤嘴』はティキが。彼女が生まれ、戦士として今まで生きてきて、そうして自らの研鑽とこれからも尽力するという決意の表れなのです。傷がつこうと、醜くはならず、むしろそれは勲章となる。
『それ』が彼女の証となるのだから」
何かを作っている赤い同士から少し視線を移すと、そこには紫の巨体。
「ニコデムス。ティキの騎獣です。彼女がルキスラに来て、そうして出会った彼女の相棒。その絆が深くなっていく様を、私は見てきました。
その過程を知っているがゆえに、私には彼が彼女と一緒にいる光景がとても眩しく思えます」
それは決して当たり前ではないのだ。
「あぁ、私にはもう1人同士がいまして。エクセターと言うルーンフォークなのですが。
彼女はですね、小さな少女型のルーンフォークなんです。普段の思考もそれに近い調整をされている。
けれど、彼女は兵士です。兵士たれと作られ、兵士である生き方を学び、そうしてこの時間に放り出された。
彼女には知らないことが沢山あります。知り合いも一人もいないと言う。けれど、彼女は絶望していない。思考を止めず、前を見て、今の世界を楽しみ、そうして希望を持って生きている。
そんな彼女と出会え、これからもきっとそばに居られることが私にはとても嬉しい」
美しさとは、絶対的なものでは決してない。そういうものがあることは否定しないが。
「彼女たちは、沢山いるシャドウと、ルーンフォークのうちの一人だ。
それは事実です。ですが、知ることでそれは平凡でも陳腐でもなく、『唯一』となる。
そうすることで、それが持つ『醜さ』や『悲しさ』、『楽しさ』や『美しさ』まで感じられるようになる。
知らなくては、感じられることは無い。私はそう思います」
プラリネや、タタラの『美しさ』は私にはまだ分からない。きっとあるのだろうそれをこれから知っていく、知る事が出来るであろうことが私には喜びだ。
「テンペスト。貴方は今オレットさんの望みを『陳腐』と評しましたね。
『助けたい人がいる』。確かに、それは全くの平凡でありきたりで、凡庸な願いだ。
けれど、あなたもまさかこんな事情があると言う事は、ご存じでは無かったでしょう。
『知ること』。それは『陳腐』を『唯一』へ変えることでもあるのです。
想像してみませんか、テンペスト。貴方がオレットさんへ力を貸すと、何が起きるのか。
孤児院で出会った3人の子供たち。離れ離れになった悲劇。再び見えるも記憶を失い、名前も違う幼馴染らしき女性を助けるために力を得ようとする青年。
そんな彼らが困難を乗り越えて、再開した時の情景を。
それは美しいものでしょう。きっと、伝説の歌姫が歌う歌のように、語り継がれる『いい歌』になると思いませんか。
貴方の知らない『美しいもの』が、生み出されると思いませんか」
私にはティキのように、美しいものを生み出すことは出来ないから。
未来に生まれるだろう『美しい歌』を対価としようではないか。
つまり支払いはオレットさんです(・ω・)