かけらを集める
>「問題ないぜ、フィンなら好きなだけ使ってやれよ!
どんくさいけど、いじめないでくれよな!」
こういうかんじ、ほんとにうちの上の弟たちとよく似てる。かわいいなぁ。
僕はおもわずちょっと笑いながら、よろしくおねがいします、とプリアーシェさんにおじぎした。
ところで、このグラスランナーのひとはなんなんだろう。お酒のにおいがする......。
クーガさんは酒瓶を片手に迫力のある笑みをうかべて彼にこう言った。
>「さて、エース。お前さんに二つの道を示してやるよ。」
>「これから俺たちについて行き身の安全とこの高級な酒を手に入れる。」>「酒!」
即答だった。ともかく、グラスランナーのひとも僕たちについてくるらしい。
アポロは「ヴォルディーク家」と聞くと、顔色をかえた。
>「え、ヴォルディークの屋敷に行くの?
あそこに行くと呪われるって前聞いたぜ?
......本当に?フィンも行くの?」
僕はつないだ手にきゅっと力をいれた。
「......ただのうわさだよ。だれも、呪われたりなんてしない。もしアポロになにかあったら、僕がかならず助けるよ、約束する」
――約束、だ。
「アポロ、あのね。アポロにもちょっとお仕事手つだってほしいんだ。僕たちといっしょに、やってみない?冒険者のお仕事」
アポロをひとりにはさせない。この子の命がかかっていた。手がふるえそうになる。
「アポロならきっとできるって、僕は思うんだ。アポロは強い。危険があっても、みんなが君のことを守るよ。だから、君も僕たちのこと、守ってよ」
なにも考えられない。ただ、アポロの表情だけをみつめる。
「そしたら僕たち...友達なだけじゃなくて、冒険をいっしょにした、『仲間』だよ」
ちいさな銀色の頭が縦にふられたのをみて、自然と笑みがこぼれる。
「がんばろうね」
※ ※ ※
天井が高いな、っていうのが、まずはじめの感想だった。
貴族のお屋敷になんて、はじめて入った。ほんとに正確にいうなら、「元」貴族のひとと仲良くしてるし、家にもなんどか遊びに行っている。でも彼はちょっと特別で、ふつうの貴族っぽい貴族じゃなくて......。
つまり、たぶんすごく貴族っぽいふつうの貴族のひとに会うにあたって、僕は緊張した。
僕の実家がすっぽり入ってまだちょっとあまりそうなくらい広いここは、玄関だった。青い髪の女の子と男の子の絵がかかっているのが印象的だ。ふたりはどことなく似た雰囲気で描かれている。きょうだいかな。
僕はアポロとおなじくらいきょろきょろして、それから我にかえった。今日はいつもみたいなわけにはいかない。
できるだけしゃきっとしようとする僕をふくめて、みんなは応接室にとおされた。ここで、依頼人のヴォルディーク家当主に会えるらしい。
アポロに「だいじょうぶだよ」ってささやきかける。ほんとは自分に言いきかせているんだけど。
※ ※ ※
ネスさんは何かに気づいたように、クーガさんとおなじベンチで眠っていたグラスランナーのエースさんに向きなおった。
>「...あぁ、そうだ
君に確かめてもらわなくちゃいけない事があったんだ」>「何処の某よりも はっきりした情報の方が
"君の女神さま"は喜んでくれるんじゃないかな?」
そして、彼の目の前に何かを差しだした。黒いちいさなもの。もしかして、ネスさんがさっきまでつけていたピアスかな...?
>「それじゃあ... よろしくね?」
ネスさんはそういうと床に腰をおろし、楽器を手にした。なにをするのかと見ていたら、一本の弦を取りかえようとしているようだ。
金属でできた弦をもつ楽器なんて、はじめて見た。
「見てていいですか?」
そう声をかけて、僕もちかづく。ピアスから、なにか音が聞こえていた。
僕もしゃがんで、ピアスを観察してみる。ふつうの耳飾りに見えるのになぁ。ふしぎだな。
それからもくもくと弦をはりなおすネスさんの横顔を見て、気づいた。
「ネスさん、その傷......。どうしたんですか?」
よく見るとひとすじ、針のようにほそい傷が頬をはしっている。さいわい、ごく浅いもののようで血もとまっていたけれど。
「念のために、きれいにしておきましょう。あとから傷むといけないから」
僕はお屋敷のひとにたのんで、ごく簡単な置き薬を借してもらった。
「アポロ、コットンとってくれる?」
痕をのこさずにふさがるように、傷口をそっと水薬でふきとる。
できるところはアポロにしてもらうようにする。そうしてネスさんの手当をしながら、僕もピアスから流れる音や声に耳をかたむけてみる。
街のざわめきを背景にして、ふとネスさんとだれかの会話が聞こえてきた。
>「ありがとうございます。優しいんですね......。
でも大事な仕事道具だからあまり他の人には預けたくなくて。
大したことはないのに......偉そうなこと言って、すみませんね」
「これ...、アポロといっしょに出会った女のひとの声です」
ね、とふたりで顔を見合わせた。
ネスさんも彼女に会っていたんだ。大事な仕事道具、か。
『重そうなかばんに楽譜をいっぱいつめこんでて......。彼女が階段のうえからそのかばんを落としてしまって、僕が下じきになりそうなところを、アポロが警告してくれたんです。危ない、って』
これは魔動機文明語で。アポロは手当てに夢中で気づいてないみたい。
「彼女、音楽家だったんでしょうか。......楽器、持っていましたっけ......?」
たまたま、さっきはたくさんの楽譜だけを運んでいる最中だったのかもしれないけれど。それか、楽器を持っていたのに僕が気づかなかったか。
あれ、あのかばんいっぱいの楽譜......。何人ぶん、何曲ぶんなんだろう......。
いまさらながらわきおこる違和感に、僕は首をかしげた。
※ ※ ※
しばらくして姿をあらわしたヴォルディーク家当主は、おもっていたよりずっと若かった。
>「カイル・ヴォルディークだ。
子供もいるようだが、どういった関係だ?」>「俺はグラディウス。
あんただろ、うちの店に紹介状を書いたのは。
まあ俺がここにいるのは、その関係さ」
プリアーシェさんがひとりひとり紹介してくれるのにあわせて、僕もあいさつする。
「真語魔術師のフィン・ティモシーです。差しつかえなければ僕も今回のご依頼を引きうけます」
アポロとつないでいた手をそっとはなして、まだほそい背中に手をあてる。だいじょうぶ。だいじょうぶだから。
「この子は......今回の案件において極めて重要な立ち位置を担うかと考えられます」
慣れない話し方にもたつく。わざとそんな言いかたをしたのは、アポロに僕たちの考えてることをまだ悟られたくないから。アポロは僕たちのお手つだいに来てくれてるだけなんだ。
まさか自分が命を狙われる可能性があるなんて、とても受けとめきれないだろう。アポロは元気だしかしこい。でも、まだちいさなふつうの子どもなんだ......。
>「あとで詳しくご報告します。
ああ、大勢の大人に囲まれていても気詰まりでしょうから、彼に別室でなにかお菓子でも。
エミールさんにお相手をしていただいてもいいかもしれませんね」
プリアーシェさんがさらりとうながしてくれる。離れがたいけれど、僕はアポロの背をおした。
「アポロ、あとでね。あっちのお部屋で待ってて?すぐに行くから」
その姿がみえなくなってから、カイルさんは話しだした。
殺人事件とは別に、コンチェルティアの街中でアンデッドが発見されたという。それは...へんだ。守りの剣が街を守っているんだから、ふつうならばありえない。アンデッドになりうる遺体がほったらかしにされているなんてことも考えにくい。
プリアーシェさんも静かにそう指摘する。
それから、僕が見たアポロのふしぎな能力についても、プリアーシェさんはカイルさんに説明した。僕からもすこしだけ補足できるところは言葉をそえる。
「未来を『視た』と思われる瞬間、彼の瞳が真っ赤に変化していました。そのようなひとびとについて、コンチェルティアに言い伝えや伝承はないでしょうか」
殺人事件の次の標的になりそうな「予言者」アポロを、僕たちはうまく保護できた。犯人にたいして、僕たちは先手をうてたことになる。
それとは別に、街中にアンデッドがあらわれるという事件が起きているようだ。ふつうの方法で街にはいりこんだんじゃない、なにか不自然な...たとえば、召喚する、とか。そういう方法で、きっとそれらはあらわれた。
このふたつの事件の大元はおなじかもしれないという。
「無限の探求者」。殺人事件を引き起こしているといわれるその組織の一部がメティシエの信奉者たちなら......。かなりの力が必要だけど、アンデッドを呼びだすこともたしかに不可能じゃない。
>「俺の方で何かできることがあれば聞かせてくれ。
できるだけ全力を尽くそう」>「アポロは当面、この家に置いて守ります。よろしいですね。
また、不死者への対応に人手が必要です。
ザイア神殿への協力の依頼、それに可能であれば冒険者の店――七色の調べ亭にも再度、要請しましょう。
今回は正式な依頼として、です。
可能であれば、アポロの家族や友人も守る必要がありますから」
だまってようすを見ていたクーガさんがすぐに動いた。
>「そんじゃ、衛兵への協力要請もかねてアンデットの調査は俺が行く。たぶん治安維持で衛兵が出張ってんだろ、
カイル、親書を一筆くれ。それと、アンデットの調査だが俺には向いてねぇから頭いいやつが一人ほしい。」
僕もアンデッドの件を調べる役目に名のりをあげた。
「そのアンデッドがほんとうに『アンデッド』ならば、かならずコンチェルティア内部にそれらを呼びだすか、つくり出すことができる者がいるはずです。それが何者なのか...そこまでは無理でも、その方法だけでもわかれば、次に打つべき手がみえるかもしれません」
僕たちはおのおのの役目をたしかめる。
>「よろしければ、少々まじないのようなものを――占瞳といいますが、差し上げておきましょうか?」
プリアーシェさんがそう言って、占い道具のようなものを取りだした。僕はいっしゅんおどろいたけど、はい、とうなずく。
彼女の手がうごくのを、ふしぎな気持ちでながめていた。なんだか頭がすっきりした気がする。
僕は僕にできることを。さっきまでアポロとつないでいた左手を、ぎゅっとにぎりしめた。
※ ※ ※
アポロは別の部屋で待っていた。すこしだけどきどきしながら言う。
「僕、ちょっとのあいだ出かけてくるから、ここでみんなといっしょにいてね。ネスさんがアポロのそばにいるから」
そして、左肩のポチを指先にうつした。魔術の存在はだれもが知ってるはず。でも、街で暮らしていたら目にすることなんてほとんどないだろう。
「ねぇアポロ、僕の秘密を教えてあげる。他のだれかにはないしょだよ?僕ね、ほんものの魔法使いなんだ」
ちょっとわざとらしいけど、声をひそめてアポロに語りかける。
「この子はポチっていって、僕の使い魔。魔法使いにとってはとても大事な分身だよ。この子をアポロにあずけるから、いっしょにいてあげてくれる?アポロになら安心してあずけられるんだ」
アポロにポチをくっつけておけば、万一ふたりに危険がせまっても、僕はそれを感じとれるはずだ。
「もしも僕が帰ってくる前にポチが自分で動いたら、すぐにまわりのだれかに知らせてね。それが最初に、アポロにおねがいしたい冒険者のお仕事」
そう言って、アポロのひざの上にポチを乗せた。ポチはくるっと首をかしげてアポロを見あげてから、足を折っておちついた。
「ポチのこと、頼むね。僕、用事をたしたらすぐに帰ってくるから」
―――――――――――――――――――――――――――――――
PL(雪虫)より
もりだくさんでした。
アポロを説得し、いっしょにヴォルディーク家へ。みなさんと知るかぎりの情報を共有します。
レコーディングピアスに録音された声を聞き、ネスさんと会話したお姉さんが「大量の楽譜」を持っていたこと、彼女の目の前でアポロの能力が発動したことを伝えます。
アポロにポチをあずけて、クーガさんといっしょに3番街のミハイルさんのもとへ。それからミハイルさんとともにアンデッドについて調査をします。
ポチが生命抵抗や精神抵抗をしたら、術者のフィンにもわかります。