とにかく、お茶にしよう
>「ね......ネス兄ちゃん、なにこれ?
うじゃうじゃしてるよー!」>「あぁ、彼らはムリアンといってね 土の妖精なんだ
よく見ると一人ひとり違うんだよ?」
床いっぱいにひろがったムリアンを見ておどろいたアポロとネスさんの会話を聞きながら、いつもだったら笑いだしてるところなんだろうな、と思う。
今の僕は、余裕がない。口のなかがかわいて、心臓がはげしく脈をうっている。
クーガさんが飛びこんだと同時に、「施錠」の魔法をかけるとみんなに告げた。
>「分かった フィンも気をつけて、無理はしないようにね?」
「はい......!」
僕はうなずいてから、魔法の動作にはいった。
※ ※ ※
ドアの鍵が音をたてた。僕はぴんと耳をたてた。
そのまま、ドアはぎぃ、と開く。
間髪いれず、ネスさんが妖精語でなにかをするどく叫んだ。同時に、床一面にひろがっていたムリアンがざぁっとドアの方向へ殺到する。
ざわざわざわ、何もないはずの空間にムリアン達がまとわりついた。
悲鳴をあげながら姿をあらわしたのは、赤い髪をした男だった。
>「コンサートマスター......教主様......。
俺は......俺は......」
魔法文明語?僕は耳をうたがった。
と同時に、真っ赤な火の玉がふくれあがる。
火球の魔法......!
反射的に右腕をあげる。腕輪にマナを通しかけて......、けれど「魔破」はとうてい間に合わない。
>「うわっ」
>「アポロ 息を止めるんだ!」
悲鳴をあげたアポロの体をネスさんがかっさらった。そのままかぼうように抱きこむ。
僕もアポロの頭を横からかかえて、息をとめた。
とんでもない炸裂音がひびいた。そして、息をとめたまま、僕は見た。
爆風のいきおいに乗ってとびだした影。
>「こいつで!」
刹那のあいだに距離をつめると魔術師の胸をかるく左足で蹴り、浮きあがった体をひねる。鞭のようにしなる右足が弧をえがいた。
>「終いにしろや!」
右ひざを魔術師の顔面に叩きこんで、すとんと降り立ったのはクーガさんだった。
>「どうだ・・・俺の閃光跳び膝。礼はいらねぇ、そのまま寝てろ。」
僕はあっけにとられて床にくずれた魔術師を見て、それから我にかえってふり向き、火球が延焼していないことをたしかめて、それから横目でアポロを見た。
......ちょっと目が輝いてるのは気のせいかな。気のせいだといいな。
僕はゆっくりと倒れた男のちかくに歩みより、手放された棒杖をひろいあげた。マナを通し、魔法文字をえがく道具は僕たち魔術師にとっていわば命綱だ。これがなかったら、たぶんこいつはもうなにもできない。
部屋のなかはひどいありさまだけど、僕たちはだれも傷ついていない。もちろん、アポロも。
そのことがゆっくりと僕のなかにしみ込んでくる。ふかい安堵につつまれた。
そして、こみあげてくるもうひとつの感情。
「......カイルさん、下の階のお部屋をひとつ貸してください。テーブルと椅子があれば、どんなところでもかまいません。どなたかに、アポロを案内していただけないでしょうか」
僕は這いつくばっている男を見てから、カイルさんにたのんだ。
「あと、こんなときに申しわけないんですけど、ケトルひとつぶんのお湯を分けていただけませんか?そのお部屋でお茶を淹れたいんです」
お屋敷のひとにつきそわれて、アポロは階下へとひと足先に降りていった。
「僕もすぐに行くからね」
僕は笑顔でアポロに手をふり、それから無言で縛りあげられた男へとちかづいた。右手の銀の腕輪をはずす。ぶ厚くてつやのない、無骨な腕輪だ。いつもは、非力な僕に魔法という力をあたえてくれる腕輪。
それを右の手の甲にとおして、ぐ、とにぎった。
ごん。
もう、理屈じゃなかった。男の頭めがけて振りおろした右手は、とても痛かった。また右手首に腕輪をはめなおして、手の甲をさすりながら言う。
「アポロといっしょに下の階にいます。なにかあったら、呼んでください」
あとはよろしくおねがいします、みんなにそう言って、僕は部屋を出た。
階段を降りていちど玄関ホールを横切ったとき、ふたたび肖像画が目にとまった。
青い髪の男の子と女の子。ああそうか、これはきっとちいさなころのカイルさんだ。とすると、となりに描かれているのは......お姉さん、かな?親戚の女の子?
面だちがよく似てるような気がする。
このお屋敷で、こんなにちいさな時からいっしょに育ったんだろうな。......でも、今、お屋敷にカイルさんに似た女のひとなんていたっけ。
僕はふとうかんだちいさな疑問はそのままにして、アポロのもとへと急いだ。
※ ※ ※
沸かしたてのお湯よりも、すこし落ちついてぬるくなったお湯で淹れたほうが、緑茶は甘みがでておいしいと教わった。
ケトルにさわれるくらいになってから、独特のかたちをした専用のティーポットに入れた緑色の茶葉にお湯をそそぐ。
じっくりと蒸らしているあいだに、僕はヴェンさんからもらった包み紙をひろげた。
「これ、『お饅頭』っていうお菓子だよ。コンチェルティアに来る前に立ちよった、ユーレリアの名産品なんだ。ええとね、小麦粉を蒸した皮のなかにお豆のジャムがはいっててね......」
説明がむずかしい。僕はとりあえずひとつ、アポロに差しだした。
「このハンカチ、新しいからあげる。お父さんやアイリにも持っていってあげなよ」
紺色のハンカチにいくつかお饅頭をつつんで、きゅっと結ぶ。そうしているあいだにみずみずしい香りがたちのぼってきた。
取っ手のないカップに緑色をしたお茶をそそぐ。熱いから気をつけてね、そう言ってアポロの前にひとつ、僕の前にひとつカップをおいた。
さっきお菓子屋さんで買ったショートブレッドも包み紙から出す。それなりにたくさん入っているからふたりじゃ食べきれないかもしれないけど、テーブルはにぎやかなほうがいい。
「アポロ、びっくりしたよね」
お茶をちびちびとすすりながら、僕はアポロに声をかけた。
「さっきの男は......。とっても悪い誘拐犯だったんだ。街で見かけたアポロ...と、僕を、狙っていたんだって。そしてさらって、その......アポロと僕のお父さんに、身代金...お金とお前の息子を交換だ、って言うつもりだったんだって」
自分ひとりが狙われていた、というよりは、いくぶんか衝撃が軽いんじゃないかと思うけど、どうかな。それにしても僕、だんだん作り話をするのに慣れてきちゃったな。ちょっと困ったな。
「だけど、アポロが僕たちといっしょにこのお屋敷の秘密基地に来ていい子にしててくれたから、まんまとあいつをおびき寄せてやっつけることができたんだ。冒険者のお仕事、無事に達成できたよ。ほんとにありがと、アポロ。よくがんばったね」
もちろん、アポロが命を狙われていたなんて言うつもりはない。僕はアポロを守りたい。
アポロが特別な「予言者」だからじゃない。僕の友達のアポロをただ、守りたいだけなんだ。命だけじゃなく、できればその心も。
僕たちが通されたのはちいさなソファとテーブルのある場所だった。部屋というより、廊下からすこしだけ間仕切られたラウンジみたいなところ。大きな窓に面していて、コンチェルティアの街並みがよく見える。
この騒ぎのなかで、それでも僕たちのためだけに場所をととのえてくれたカイルさんとお屋敷のひとたちに感謝した。
ばたばたとあわただしく廊下を行きかうひとたちを見ながら、僕はつとめてのんびりとお茶をすすった。
「だいじょうぶ?苦くない?」
ミルクもお砂糖も入れないのが緑茶の基本なんだけど、アポロは平気だったかな。僕には甘くかんじられるけど、アポロはどうだろう。
「お饅頭はみんなにも残しておこっか。ショートブレッドもどうぞ」
さっきのお留守番のあいだにもおやつがふるまわれていたみたいだけど、この年ごろの子はよく食べるからなぁ。
僕は自分でもショートブレッドをひとつとり、さくさくとかじった。素朴な甘味にほっとする。
できればこのまま、アポロにもコンチェルティアにも、おだやかな日常が帰ってきてくれたらいいと、そう思った。
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PL(雪虫)より
魔法の発動体(物理)。
これからたぶん大変な目に遭うでしょうが、あと、しがない末端の構成員なのでしょうが、一発殴るくらいはしないと気が済まないのです。
横目でもういちど幼いころのカイルさんと(おそらく)お姉さんの肖像画を見てみたりしつつ。
アポロとは、廊下が広くなった場所の片すみにあるラウンジにいるイメージです。お屋敷のうごきはわかるような場所のつもりです。
他の方もよろしければお茶とお饅頭どうぞー。ショートブレッドもあります。