眼
>「私は......いつから間違っていたんだろうねえ......」
ゴーテル殿が、誰に聞かせるでもなく話しだした。
シィノは黙って聞く。
>「お前たちは子供が欲しいと思うことはあるかい?」
子ども......考えたことすらなかった。
シィノはシィノが生きるだけで精いっぱいだったから。
それに、シィノからシィノでないヒトが作られ、ひとつの人格を持って存在するということが、どうも想像できない。
ゴーテル殿の話によると、キャベツ殿との「約束」はゴーテル殿が謀ったもの。
>「お前の呪いも、あの子にかけた呪いもね。
> 私の魔力で維持されているものなのさ。
> だから私が死ねば、全てが解放されるんだよ」
なるほど。
野菜に呪いの力があるというよりも、野菜を媒体にして呪いを授けているようなものなのだろう。
と、シィノはその程度の感想しか抱かなかったのに。
次の一言は、まったく心外なものだった。
>「......私を殺したくはないかい?」
その言葉が終わるか終らないかのうちに、シィノはダガーを抜いてゴーテル殿の目の前に迫った。
「死にたいのですか」
離れられず、かつゴーテル殿の体が安定するように、腕をからめている。
右手のダガーは、すでにその細い首元へ狙いを定めている。
たったひとつ、右手を引くだけで、この人は死ぬ。
「シィノはあなたを殺すことに興味はありませんが。
あなたが死にたいというなら、手を貸すことはできます。
ところで、あなたが死ねばラプンツェル嬢は哀しむでしょうね。
シィノを恨み、復讐するために邪道に踏み込むかもしれない」
シィノは今、どんな目をしているだろう。
ほかの人族の丸いそれと違い、シャドウの目は闇を見通し、鋭く、少し獣くさい。
「負の感情が何を生むかは、あなたがよくご存じのはず。
あなたは気づいた。だから、これからでも間に合う。
そのご老体がどれほどもつのかは知りませんが、最後くらい報われたいと思いませんか?
さあ。ラプンツェル嬢のために死ぬか、ラプンツェル嬢のために生きるか」
シィノは生きるために生き、生かすために殺してきた。
生きたいと望むことは正しい。
あとは、「どのように」生きるかだ。
ゴーテル殿の、全てを諦めている姿が気にくわない。
償いの気持ちでも、怒りでさえも、"無"よりはましだ。
生きることを望め。
シィノの前で死を選ぶな。
だが、死にたいというなら――――シィノがこの手でもたらそう。
後悔する暇さえ与えてはやらない。