【F-1-2】人が変われば心も変わる
報酬を受け取り終えた冒険者たちはそれぞれの場所へと向かっていく。
残るのは部屋に残された数人と――カイルだけである。
「あんたたちは......まだ行かないのか?」
残っていた冒険者たちに向けてカイルは声をかける。
今は鎧を身に着けていないこともあってか......奪還時の彼よりリラックスして見える。
こうして見ると、やはりまだまだ貴族の主としては青く甘い面が見えたかもしれない。
「姉さんを救えたのは多くの者たちのおかげだが。
あの瞬間――姉さんに被害が及ばなかったのは何よりもお前のおかげだ。
......実は昔、執事だった男の冒険者に救われたこともあってな。
そういうことができるのが――優秀な従者っていうやつかもしれない」
カイルはフィーリアに向けて語りかける。
彼が言っているのは教団の首領の攻撃からフィーリアがセシリアを守った出来事についてであろう。
「あんたはきっと優秀なメイドになるさ。
――今よりもずっとな」
そこまで語った後、カイルはナマの方にも目を遣る。
「指揮者たちとの戦いでは少々格好の悪いところを見せたが......。
あの後あんたたちが無事みたいで良かったよ。
本当は倒れることなく守り抜きたかったものだが......まだまだ修行が足りないらしい」
カイルにとって唯一悔やむところは太陽の道の中。
指揮者たちと遭遇した際に気を失ってしまったことであるようだ。
――そんなカイルにはナマに対し気になっているところがあるらしく。
「そういえばなんであんたは面で顔を隠しているんだ?
いや、特に深い意味はないんだが......」
彼は部屋の左上の方をぼんやりと眺める。
「指揮者の一人――鎧と兜を身に着けた男だけ顔を隠していただろう?
何か理由はあるのか、とふと思ってな。
どうも――なんとなく......」
少しひと呼吸を置いて。
「どこかで知っている雰囲気があったんだ――あいつに」
全身を金属で覆った謎の男。
素性さえわからない相手だが――カイルは知っている相手ではないか、と感じたらしい。
「まあ姉さんも救えたことだし当分は俺も体を休めようと思う。
お前たちも街に出てくればいいだろう」
* * *
「あ、レオンハルトさん」
レオンハルトがカイルの部屋から出れば、ちょうど歩いていたところのミハイルと遭遇する。
「少しだけお時間ありますか?
ちょっとだけお話したいことがありまして」
そんな彼についていけば、庭に突き出たバルコニーまで案内されることだろう。
街の方から聞こえてくる楽器の調べが耳に心地よい。
「神殿の中では僕たちを守っていただき本当にありがとうございました。
見た目通り僕はあまり体が強いほうじゃないので......。
レオンハルトさんの姿は本当に頼りになりました」
レオンハルトを見上げるように話しかけるミハイル。
彼は確かにレオンハルトと比べれば小さく脆弱だ。
「今だから言えますが、僕とエミールはあの場所で死んでしまっても仕方ないと考えてました。
レオンハルトさんはもうご存知の通り、僕らは探求者たちの関係者でもあって。
カイルさんやセシリアさん、オレットたちには少し負い目もあったんです。
――それでもあの場面では皆さんが一緒に戦おうと言ってくれた時に気づきました。
レオンハルトさんたちが僕らを守っているところを見て思い知らされました。
こんな僕たちでも......本当は死にたいなんて思ってないんだって。
当然ですよね、僕もエミールもちゃんと生きているんですから」
あの時自分たちのことは置いて言って構わないと語った二人。
それでも冒険者たちが決して見捨てなかったことで――二人は思い出したのだという。
自らが押さえ込もうとしていた生への執着を。
その気持ちに応えたのがレオンハルトであり、ザラックであり、ヴォリアであったのだろう。
「レオンハルトさんたちは僕たちの命の恩人です。
――嘘偽りなく」
* * *
一方、ヴォリアとタタラがセシリアの居室を訪ねると。
彼女はその中にいた。
どことなく消えてしまいそうな儚さは変わらないが。
今の彼女にはしっかりと生気が満ちている。
屋敷で多少休めたのが大きいのだろう。
「この度は本当に助けに来ていただきありがとうございました。
もし皆さんがいらっしゃらなかったら果たしてどうなっていたのか......。
あまり想像したくはありませんわ」
彼女は椅子に腰掛けながら二人に向けて語りかける。
「実は近頃夢の中でカイルの姿を見ることがよくありましたの。
それだけが――閉じ込めらていた私の唯一の希望でしたわ。
今思えばカイルの側にぼんやりと見えていた人影は――。
お二人を含めた皆さんの姿だったのかもしれませんわね」
カイルはセシリアについてこう評していた。
彼女には夢で未来を知ることができる力があると。
であれば、彼女が見た夢はカイルたちによって救われることの暗示だったのだろうか。
「ただ他に見た夢は嫌なものばかりでしたわ。
死せる者や血を吸う者たちの姿。
それにどこまでも続く闇。
私を捕らえていた彼女たちの目的を直接聞くことはありませんでしたけど......。
恐ろしいことを行おうとしているのはきっと間違いないと思いますわ」
カイルたちに救われることが未来の表れであるとすれば。
この陰鬱な夢もまた未来の表れなのであろうか。
であれば、近いうち良くないことが再来する可能性があるかもしれない。
「ここだけの話、カイルは貴方がたのような冒険者という存在に期待しているようですね。
――姉ですから、弟のことはよくわかります。
だからもし、カイルが苦しみ悩んでいるときは力になってあげて欲しいと思っておりますわ。
きっと貴方がたには未来を掴み取る力があると思っていますから」
セシリアの表情はまさに弟を気遣う姉のそれであった。
* * *
ヴォリアとタタラが屋敷から街へ出ていくために、庭を通り抜けようとすると。
花壇の側に腰掛けているオレットの姿が見えた。
「やあ、タタラさん。
それにヴォリアさん」
二人に気がついた彼はゆっくりと立ち上がり、傍へと近づいてくる。
「お二人はしばらく街に留まられるんですか?
僕はまた旅に出ようか......と考えているんです」
オレットの話を聞く限り、しばらく世界を放浪するつもりのようだ。
彼はもともとの旅の詩人である。
「無事セシリアさんを助けられたし、また世界を見て回りたいなと思って。
今ならいい歌や音楽が浮かびそうな気もするから。
恩人である嵐の妖精が喜んでくれるような、ね」
彼が語る嵐の妖精とは――フィーリアが投げた羽飾りを託した存在。
コンチェルティアの森の奥の空間に住み着いているという強大な妖精のことである。
「だから、当分の間は会おうと思っても会えないかもしれない。
でも僕は忘れない。
二人やほかの冒険者のみんな――それにカイルさんたちとセシリアさんを助け出したことを。
この思い出は僕にとって勇気や励ましになるから」
オレットはそう言って荷物を抱え直す。
もう出発するつもりのようだ。
「それじゃあ、僕は行くよ。
さっきも言ったけど、しばらくは会うことだってできないかもしれない。
でも、僕は二人やみんなにまた会いたいと思っているから」
そう言ってオレットはヴォルディーク邸の庭から出て行った。
彼が向かう先は――どこだろうか。
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あんみつ@GMより
こちらは+αのシーンの中でメインNPCたちとの場面です。
その他については別記事でアップさせていただきます。
一応希望があったものをピックアップしています。
返しについてはそれぞれお好きにどうぞ。