兄弟のおもいで
>「馬ならそうは時間はかかりませんね。
本来はもっと早い時間から会いに行く予定でしたが......。
突然狼の襲来があってこうして借り出されてしまったわけです」
「襲来......街に、ですか?それとも、家畜かなにかをねらって?そういうこと、多いんですか」
僕はてっきり、獲物を追ってきた狼の群れが街にちかづきすぎたから、それを追いはらう任務をふたりが任されたのかと思っていた。
狼は、脚で獲物を追いつめる生き物。むやみに人間のたくさんいる街におそいかかったりはあまりしないはずだ。
けれど、頭のいいリーダーのいる群れなら、野生の獲物よりも簡単に狩れる家畜を襲うのはありえることでもあった。
草原にはさわやかな風がふいていて、ミリューさんは僕をかかえるようにして手綱をあやつっている。
不安なことなんてなにもないはずなのに、「突然の狼の襲来」っていう事件に僕はひっかかりをかんじで、ちょっと胸の底のほうがざわついた。
妹さんの結婚に反対した理由をたずねた僕に、ミリューさんはていねいに答えてくれる。
>「兄が反対していたのは単に寂しいからですよ。
僕が心配しているのも――主にきっと妹と離れているからなのでしょう。
ただ、確かに引っかかる点がないわけではありません。
あまり妹の夫のことを悪く言いたくはないのですが......。
彼にはあまり良くない噂があるのです。
青髭の妻になった女はいつの間にかいなくなってしまうっていうものですね。
まあ紳士的ではありましたが、寡黙な男でしたので夫婦づきあいも大変なのでしょう。
その点妹は多少マシかもしれませんが。
――実のところ、今回会いにいくのもそれが気懸りだというところもあります」
「いつの間にか、いなくなってしまう...。すでに、その、旦那さんは何人もの奥さんと、結婚されていて...、その奥さんたちが次々に...ということですね。心配...ですね」
心配してるお兄さんたちにはわるいけれど、これは僕の知っている『青ひげ』と共通している。
できれば、奥さんたちのゆくえについては共通していないでほしい。
しばらく、僕はいろんなことを考えながら馬の背にゆられていた。
兄弟のことをなんとなく話したぼくに、ミリューさんはこうたずねた。
>「九人ですか......流石にそれだけの人数は想像したことがありませんね。
まあ僕の兄も妹もどちらかというと騒がしい方なので、いろいろと苦労はしましたよ。
......その分楽しいことも多かったと言えますがね。
フィンさんにも楽しかった思い出の一つや二つあるでしょう?」
「そうですね。僕の兄さんは村でも評判の気むずかし屋で......。農業技術者としては若手でいちばん、って言われてるんですけど、あんまり弟たちをかまったりはしないんです。僕のすぐ下の三つ子のうちふたりは男の子で、もうやんちゃできかん坊で......」
僕は家族のみんなの顔を思いうかべていた。
「弟たちが英雄ごっこをするときは、いつも僕が悪者役をやっていたんですけど、いちど僕が熱をだして寝こんでいたことがあって。居間からすごい音がして、弟たちの泣きわめく声が聞こえてきたから、なにかと思って見にいったんです」
そしたら、それはもう、すごいことになっていた。
「ふたりとも、『マースにいがこわいー!』って泣きながら飛びついてきて、どうしたのかと思ったら、外套のそでを首に結びつけてマントみたいにした兄さんがひとつだけ無事に立ってる椅子のうえに仁王立ちして、母さんがつかう布団たたきを持ったままなんともいえない顔をしてて......」
あとの椅子はぜんぶ蹴りたおされて、ついでにじゃがいもの木箱もたおれて部屋中芋だらけになってた。
「兄さん、まじめなので。弟たちが英雄なら、自分は魔王にならなくちゃ、ってがんばったらしいんです。それでやりすぎちゃって...」
僕はミリューさんに話しながら、思わずふふっと笑いをもらした。
そのあとは、みんなで部屋をかたづけるやら、泣いてる弟たちの背中をさするやら、姉さんは自分よりひとつ上の兄さんに本気でお説教をするやら、兄さんはすねて部屋にとじこもるやら、おなじ部屋の僕はベッドにもどれないやら、たいへんだった。
たいへんだったけど、あの光景は今思いだしてもおかしい。
「とにかく大人数でちいさな家にぎゅうぎゅうになって暮らしてて......毎日どたばたしてて、楽しかったです」
僕は農業とはちがう道をえらんだけど、それも認めてくれた家族みんな、大好きだって思える。
ミリューさんとフレールさんが妹さんと離れていてさみしいという気持ちが、なんだかルキスラに来たばっかりのころの僕の気持ちとかさなった。
ますます、このふたりが本の中の登場人物だなんて信じられない。
僕がポチの眼からいちど丘の上のようすを見たいと言うと、ミリューさんはこころよく応じてくれた。
>「丘の上の様子ですか。
まあ城が見えるだけでしょうけど......構いませんよ。
ただ落ちないように気をつけてくださいね」
「はい。ちょっと、失礼しますね」
僕はもぞもぞと体勢をととのえて、息をはきだした。ゆっくりと、はなれたポチへと意識をとばし、視覚を同調させていく。
ポチは丘のてっぺんにもうすぐたどりつこうというところで、青い瓦の大きな建物が姿をあらわしたところだった。
ポチの眼で風景を見ながら、僕はつぶやくようにミリューさんにたずねる。
「妹さんのお住まい......青い瓦で、ずいぶん立派ですね」
『青ひげはあたりでは並ぶもののないほどの富豪で、次々に美しい女性をめとっていたが......』
その先を僕は思いうかべたくなかった。
――PL(雪虫)より―――
まず、「狼の襲来」について軽く確認を。特定の群れが最近街のちかくをうろついている、などならばよし、急に狼が街を襲ってきた、とかならば、なんらかの意図を警戒します。
フィンくん家のおもしろエピソードは考えましたが、「兄弟」の話がいいかなと思って、へんくつな兄さんの残念エピソードを。悪い人じゃないけど不器用です。銀ぶちの眼鏡とかかけてそうな。
あとは、ポチビジョンから得られるだけの情報を得たいと思います。