鉄と血の絆
心地よい風が頬を撫でる。
馬上は普段とは違う、高い目線で遠くまで見渡すことが出来る。
それはもともと身長が低い自分にとっても同じか、それ以上に大きい影響を与える。
フレールに乗せてもらった最初の頃は落ち着かない様子で、
すごいすごいと騒いでいたけれど、数分も立たないうちにそれも落ち着いていく。
最終的には前に座るフレールの大きな背中に抱きつくようにしてしがみつき、
視線を横に向けて遠くの景色をぼんやりと眺めていた。
そうしているとフレールからこんな質問を受けた。
「エクセターって変わっているよな。
そんな小さいのにあんな戦いのテクニックを持っているしさ。
エクセターもどこかの騎士か兵士の家の生まれなのか?」
少し回答に困る質問だった。
そうであると言えるし、そうでないとも言える。
...生まれというよりは、生涯変わらない永遠の役割としてなら私は兵士だ。
「むー、なんて言えばいいんだろう。
半分正解で半分ハズレかなー、そういうフレールはそうなの?」
少しだけ戸惑うように、話題を逸らすわけじゃないけど質問を返した。
「俺の家も古くから騎士の家系でさ。
剣や馬なんかは親父から学んだんだ。
ミリューのやつはちょっと反抗期で魔法の勉強なんてしてたけどな」
「へぇー、だからフレールはお馬さんの扱いが上手いんだねー
エクセターあんまり詳しくないけど、ミリューのお馬さんより揺れが少ない気がする」
横目で時折フィンとミリューを気にするように見ていたけれど、騎獣の乗りこなしに僅かな差を感じていた。
素人から見てわかるのだから、きっとその筋の人から見れば大きな差になるのだろう。
こういったふうに騎獣を乗りこなせる仲間に複数覚えがあった。
その一人が同じ『レッドコート』として苦楽をともにしたグロスター。
騎兵隊の出身で、頑固で意地っ張りで高慢なところがあるけど、
それは自分の力と、その力に伴う責任を自覚しての物。
彼女は仲間を助けるために自らを顧みずに死地に駆け抜けた誇り高い騎士だった。
決して口には出さなかったけど、その清廉な誇り高さは私の中でも尊敬の的だった。
...最後のお別れは言えなかったけど、彼女はきっと最後まで意地を貫き通したのだろう。
そうであって欲しいと思うと同時に、それがたまらなく羨ましくも感じた。
「そういえば、だからなのかな。
スールが求婚されたのもさ。
なんか騎士の家系ばかり青髭の妻に選ばれているんだってさ」
この世界で唯一記憶という形で残った、グロスターの姿を回想していると不意にそんなことを言われた。
そういえば、フレールとミリューにはスールという妹が居て...それが青髭に嫁いだという。
グロスターの映像と切り替わるようにフィンに教えられた物語が脳裏で上映される。
謎の多い男「青髭」にまつわる奇怪な物語。
思えば私はその中に居るのだ、それを自覚すると、より油断してはならないという思いが募る。
「まあ、俺ばっかり話しててもつまんないだろう?
エクセターの話も聞かせてくれよ。
家族のこととかさ」
そうしているうちに、返事がないのを気にしてかフレールから話を催促された。
家族のこと...家族は大事だ。大事じゃない人はきっと居ないが、私にとってもそうなのだ。
けれど私は、あまり家族のことを人と話さない。
それは私の『家族』が、世間一般で言う『家族』とは少しだけ...違っているためだ...。
「ねぇ、フレール。フレールはお父さんとお母さんに最初にしてもらった事はなにか覚えてる?」
唐突な質問。
「例えば抱っこしてもらったとか、撫でてもらった。
笑いかけてもらった、抱きしめてもらった。
たかいたかいとか、キスをしてもらったかもしれないよね」
多くの子供達は生まれてすぐに父や母から、愛を送られる。
それはきっと、命というものが生まれて最初に送られるかけがえのないプレゼント。
「エクセターは覚えてるよ。エクセターは教えられたの。
色々教えられたけど、最初に教えられた事はね。
人を殺す方法だったよ」
私が送られたものとは、全く違うもの。
私はフレールの反応を待たず、話を続ける。
「どこかの騎士か兵士の家の生まれなのか?って聞いたよね。
あれに半分正解って言ったけど、別にはぐらかしたわけじゃないの。
エクセターは兵士だよ。国家に忠誠を誓った兵士」
「けどそれは目指したわけでもないし、なろうとしたわけでもない。
最初から兵士だった、生まれたその時からそれ以外の期待はされなかった。
だから殺す方法を、武器の扱い方を教えられたの」
ただ淡々と嘘偽りのない真実を語る。
「...厳密にはエクセターにはお父さんもお母さんも居ない。
あえて言うなら国が父であり、母だったのかな...
おかしいよね?でもエクセターにとってはこれが普通だった」
自分に血のつながった親は居ない。
死んだとか、見たことがない訳ではない。
休日に遊びに連れて行ってくれる優しい父親も
美味しい料理と笑顔で毎日迎えてくれる母親も
私には、私たちには居なかった。
最初から、存在すらしていなかった。
今、自分はどんな顔をしているのか。
体がかすかに震えていることがわかる、だからきっといい顔ではない。
きっとひどい顔をしているのだろう、そんな表情は誰にも見せたくない。
自然と背を抱きしめる力が強まっていく。
決してフレールが振りかえり、私の顔を見ようなどと思わないほどに。
「けどね、それは別に悲しくなかったよ。
そもそも親という存在を知らなければ気にすることもないし、
そうやって育てられたのはエクセターだけじゃなかったから」
話しているうちにある女性の姿が脳裏に浮かぶ。
強くて、綺麗で、賢くて、それで...私を初めて愛してくれた人。
「...ヨークって名前なんだけどね。
兵士として教育を受けるときに出会ったんだけど、
ある訓練を受けてる時に...言ってくれたの」
「私たちに親は居ないけど、それよりも大切な仲間はたくさん居る。
それでも貴方が苦しいというなら、私がなるわ、貴方の家族に。
エクセターのお姉ちゃんに、私がなる。これからはずっと一緒よ...って」
「すごく嬉しかった...本当に...」
彼女はヨーク・デヴォンポート
後期高性能指揮官型ルーンフォーク生産計画により生まれた第一号。
私はエクセター・デヴォンポート
後期高性能指揮官型ルーンフォーク生産計画により生まれた第二号。
あの出会いは定められた物だったのかもしれない。
姉というのも、ただの型番のつながりで言ってくれただけだったのかも知れない。
けれど、けれど、そうだったとしても。
私がヨークと過ごした時間も、共に闘いぬいた部隊の記憶も、家族という絆も。
作り物なんかじゃない、全部本物なんだ。誰にも否定なんかさせない。
「...今は離れ離れだけど、きっとヨークとはまた会えるからね。
ちょっと寂しいけど、泣いたら心配かけちゃうから、エクセター頑張るよ。
生きてればいつか良い事があるからね、エクセターは全然不幸なんかじゃないよ」
先程まで冷え切ったナイフのように鋭かった声色が、不思議と安らいでいくのを感じる。
私は決して哀れな存在ではない。
それは、どんな辛いことも乗り越えて幸福に生きてみせるという覚悟があるからだ。
こんなところで全てを投げ出してしまっては、先に逝った仲間たちに申し訳が立たない。
そして、それは今を共に生きる仲間たちにも言えることだ。
「それに今はね、仲間がいるよ。そっちのフィンと一緒に色々なお仕事をするの。
危ないことも多いけど、エクセターは慣れっこだし技術が役立つから向いてるのかも。
兵士の時と違って、いつでもお菓子が食べられるしね!」
話し始めて、久方ぶりとなる笑顔に雰囲気が少し和らいだ気がする。
それにしても自分がどうしてこんなことを話しているのか、少し不思議だ。
先ほど出会ったばかりのフレールだから話せることなのかもしれない。
「フレールもさ、この仕事が終わったら家族に会いにいけるんだよね?
狼なんかぱぱーっと追い払っちゃってさ、会いに行こうよ!
きっとフレールとミリューが来てくれたらスールも喜ぶと思う!」
家族との再開。
それはとても喜ばしい瞬間であるに違いない。
出会ったばかりのこのオルドル兄弟に関しても、私はわずかばかりの共感を抱いていた。
「そうと決まったらエクセターも頑張っちゃうよ!
なんたってエクセターはぶんぶりょうどう...だからね!
...さいしょくけんびだったっけ!?」
最近覚えたばかりの言葉を使って知的なアピールをしようとしたが、どうにもまとまらない。
なんにせよ、私は仲間と合流したいという思いの外に
単純に兄弟二人が妹と再開して喜ぶところを見たいと思う。
「うん、頑張るぞー」
ぼそっと自分を勇気づけるように呟くと、再び風景を眺めることに集中することにした。
風景は眺める人の気持ちなんて知らないねっ、というふうに流れていってしまうのだから。
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PL・実は意外と複雑な過去があるエクセター
生み出した国によってそんな目に合わされたエクセターですが、
国自体を憎んでは居ないし、それどころか誇りと愛国心すら持っています。
どんな形であろうとそこが居場所だったし、いい思い出もあります。
でも、自分が置かれた環境が異常であったことも今は知ってしまった。
それ故に兵士として冷徹に振る舞うことも、
過去を捨てて気ままに生きることも出来ない。
そんな葛藤を抱えていますが、とりあえずエクセターは今日も元気です。
急にこんな話を出会ったばかりの幼女から聞かされたフレールはどういう反応をするのか...!
なかなかにキラーパスな気はしますが、ワクワクして待つのです(*'ω' *)