新しい世界へ行きましょう
本を読むのは好きです。
濃く淹れたお茶を飲みながら、書に思いを馳せるだけで日が沈んでしまう事もしばしばあります。
物語を彩る人や物は、様々な言葉、時には挿絵も組み合わされ、皆活き活きと表現されています。
今ちょうど勇者が悪人を成敗し、囚われの姫を救い出した所です。
そして、勇者が姫と結ばれることが示唆され、物語はエンディングを迎えました。
何ともありがちな英雄譚ですが、ありがちにはありがちの理由があります。
「ふう」
本を閉じて、冷めたお茶を飲み干します。
さて、図書館への返却はいつごろにしようかしら。
本を読むのは好きです。
しかし、物語とは不動の世界。始まりと終わりの決まった世界。
私達は観測者にしかなりえません。
新たな発見と驚きの尽きない現世の方が、感動に満ち溢れている。
私はそう思っていました、今日までは。
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絵本の中に入り、物語を紡ぐ。
グレースさんという男性が隣で喋っていた依頼の内容は、驚くべき事でした。
取りあえず、今まで受けた依頼の中では一番驚きましたね。
絵本の中に入る、とは一体どういうことなのでしょうか?
紙のようなぺらぺらな薄い姿になってしまうのでしょうか。
話を聞いていると、グレースさんは、一度こういった冒険をしたことがあるみたいです。
グレースさんはぺらぺらでも、紙のようでもないので、
文字通り絵本の住人になるという訳ではないみたいです。安心しました。
「そのお仕事、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
折を見てグレースさんに話しかけます。
よく分からない場所に行く不安よりも、好奇心のほうが勝りました。
「私はセスシナングと申します。セスとお呼びください。
妖精使いであり、妖精神の信徒でもあります」
他の同行者は、
ルークさんというシャドウの男性、アメリアさんという人間の女性です。
ルークさんは見た所戦士のようで、アメリアさんは神官さんでしょうか。
グレースさんも神官さんのようですし、怪我をしても大丈夫ですね。
皆さんお強そうで安心しました。
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依頼人のエリックさんの部屋は、
絵本作家の部屋を思い浮かべたなら、誰もが想像する通りの部屋でした。
インクの匂いが鼻腔をくすぐります。
広げられた本の名前は『アラジンと魔法のランプ』。
ランプを掲げる若い男性の絵が描かれています。
隣のページには登場人物の紹介が載っているようですが、不自然な空白がありました。
ちょうど4人分の名前が入りそうな、空白。
ここに名前を書くことでこの物語の中に入れるようです。
逆に言えば、物語が終わるまでは帰れないということを意味します。
しかし、ここまで来れば臆する理由はありません。
私は私の好奇心を信じます。
「人気の物語はほとんどが大団円で終わります。
皆、悲劇よりも幸せな結末を迎える登場人物が見たいんです。
この物語を誰もが笑顔になれる物語にしましょう」
「それでは、名前を書かせて頂きます。
向こうでもよろしくお願いしますね」
折角なので、祖先の言葉で著名しようと思いましたが、
そもそも竜の言葉に文字はありませんでした。
無難に共通語で書きましょう。
揺れる木の葉――【セスシナング】
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◯PL
最後の『揺れる木の葉』と言うのは、
ドラゴン語でのセスシナングの意味(独自設定)であって、
実際はセスシナングとだけ記入しました。
それでは改めましてよろしくお願いします。
>甲子 幸さん
申し訳ありません、すっかり忘れていました。
たしかにご一緒していましたね、失礼しました。